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奥原晴湖画室「繍水草堂」

[2016年6月28日]

奥原晴湖画室「繍水草堂」
南画家奥原晴湖は、慶応元年(1865)以来、活動の場としていた東京上野の摩利支天横町の「墨吐烟雲楼」が、明治24年(1891)、鉄道用地となってしまい、旧古河藩領でもあった埼玉県熊谷へ新たな活動拠点をつくります。これが繍水草堂。はじめ繍仏草堂、のち寸馬豆人楼とも称した画室です。この移転については、西欧文化の興隆の一方で、南画をはじめ東洋文化をかえりみない風潮を思ってとの諸説があります。いずれにしても晴湖は中央画壇とは距離をとって、自らの画の道を志したのでしょう。大正2年(1913)に晴湖は没し、画室は主を失います。そこで、晴湖のおいにあたる池田多喜雄氏によって昭和4年、誕生地である池田家の屋敷地内に移されました。平成20年、故奥原ミチ子氏の遺志により、奥原晴湖画室の寄附申し入れがあり、歴史博物館南側に移築いたしました。 昭和4年に古河へ移築されたのは、熊谷にあった画室の一部ですが、今回の移築工事にあたっては、すべてではありませんが、熊谷にあった当初のかたちをなるべく再現いたしました。庭石の一部に、古河城の礎石が再利用されています。 蔵では奥原晴湖と画室についてパネルで紹介しています。また、座敷はお茶会等に貸し出しをしています。

   入館無料   開館時間 9:00-16:30  場所 鷹見泉石記念館となり(古河市中央町三丁目11番27号)


熊谷時代の画室をもとに復元

熊谷時代 古河に残っていた画室は、熊谷に建築された画室の一部であった。 今回、工事をしたのは、その移築部分と、熊谷時代の図面をもとに玄関から画室にいたる廊下を復元。
外観

昭和4年に古河へ移築

床の間

画室の床の間 昭和7年 土井利孝撮影

立面図

古河に移築された画室の立面図

新聞記事

画室移築をしらせる新聞(『関東タイムス』)

新聞記事

画室移築を記念した遺作展の報道(『関東タイムス』)

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古河歴史博物館
〒306-0033 古河市中央町3丁目10-56
E-mail:rekishi@city.ibaraki-koga.lg.jp
電話: 0280-22-5211 ファクス: 0280-22-5215