熊沢蕃山の墓(県指定文化財)

熊沢蕃山の墓

熊沢蕃山は江戸時代前期(1619~91)に活躍した陽明学者。名を伯継、字を了介といい、息游軒(そくゆうけん)・不敢散人などと号した。蕃山の名は、彼が備前国蕃山(しげやま)村(現岡山県備前市)に隠退したことに由来する。農本主義を唱え、岡山藩主池田光政に仕えて治水・治山による農業政策(米の増産等)を実践し、岡山藩の財政立て直しに寄与した。晩年、著書『大学或問(わくもん)』で参勤交代や兵農分離策などを批判したため、幕府の命によって古河藩にお預けとなり、古河城内に幽閉された。元禄4年(1691)8月17日に没し、城外大堤の鮭延寺に葬られた。 現在見られる墓碑は、文化年中(1804~18)に蕃山6世の外孫にあたる草加定環によって再建されたもので、脇には妻いち(矢部氏)の墓碑もある。

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