奥原晴湖画室「繍水草堂」
古河出身の南画家、奥原晴湖(1837-1913)。慶応元年(1865)以来、東京上野の摩利支天横町に構えた画室「墨吐烟雲楼」を活動の場としていました。明治24年(1891)にこれが鉄道用地となったことから、旧古河藩領でもあった埼玉県熊谷へ新たな活動拠点をつくります。これが繍水草堂。はじめ繍仏草堂、のち寸馬豆人楼とも称した画室です。この移転については、西欧文化の興隆の一方で、南画をはじめ東洋文化をかえりみない風潮を思ってとの諸説があります。いずれにしても晴湖は中央画壇とは距離をとって、自らの画の道を志したのでしょう。
大正2年(1913)に晴湖は没し、画室は主を失います。そこで、晴湖のおいにあたる池田多喜雄氏によって昭和4年、誕生地である池田家の屋敷地内に移されました。平成20年、故奥原ミチ子氏の遺志により、奥原晴湖画室の寄附申し入れがあり、歴史博物館南側に移築いたしました。 昭和4年に古河へ移築されたのは、熊谷にあった画室の一部ですが、今回の移築工事にあたっては、すべてではありませんが、熊谷にあった当初のかたちをなるべく再現いたしました。庭石の一部に、古河城の礎石が再利用されています。 蔵では奥原晴湖と画室についてパネルで紹介しています。また、座敷はお茶会等に貸し出しをしています。
熊谷時代の画室をもとに復元
古河に残っていた画室は、熊谷に建築された画室の一部であった。 今回、工事をしたのは、その移築部分と、熊谷時代の図面をもとに玄関から画室にいたる廊下を復元。 | |
昭和4年に古河へ移築
画室の床の間 昭和7年 土井利孝撮影
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古河に移築された画室の立面図
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画室移転を知らせる新聞(『関東タイムス』) |
画室移転を記念した遺作展の報道(『関東タイムス』) |
施設のご利用について
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古河市 古河歴史博物館
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更新日:2024年06月30日